4ケ月で社労士ー後半  

(7) 直前対策

あまりにもひどい模擬テストの結果であったが、落ち込んでいる暇は無い。

この原因は2つあると私は考えた。

ひとつ目は、記憶の詰めが甘いこと。

過去問題集では正答していても、「イメージ」で捉えているだけで、
一語一句を正確に記憶しているかというと意外とそうではなかった。

特に選択式の解答の場合、そんな「あいまいなイメージ」では駄目だ。
たとえば、雇用保険法の失業等給付。

失業等給付の中には「就職促進給付」があり、そのひとつに「就業促進手当」というものがある。
「就職促進給付の就職促進手当」でもなく「就業促進給付の就業促進手当」でもなく、「就職促進給付の就業促進手当」なのである。

わずかな違いだが選択式では命取り。引っかけ問題にまんまとはまってしまう。

私はこの違いを模擬テストで誤解答するまで気づかず、
「こんな記憶違いが山ほどあったりして・・・」と思いぞっとした。

それ以降は、よく出る単語を深く噛み締めるように過去問題集をやり直した。

もうひとつ原因。

法改正などの新しいデータが頭に入っていないこと。

過去問題集しかやっていないので、仕方がないといえば仕方がない。
しかし、前年の4月以降の法改正は出題される確立が高いらしい。

また、白書などの新しいデータも知っていれば自信となるだろう。

これらに対して全く準備できていなかったため、
「これから予想問題集を購入して取り組むべきか?」
とも考えたが、もはやあまり時間もなく中途半端になりそうだ。

そこで、私が使った「うかるぞ社労士」シリーズの巻末に載っていた「SRゼミ 改正法・白書講座」1,050円を取り寄せることにした。

急いで注文したが、それらを手にしたのは8月に入ってからだった。 

 
(8) オリンピック2004

8月に入り、まさに「ラストスパート」となった。

今でもそうだが、私は切羽詰まると力を発揮するタイプ。

逆に時間がたっぷりあると余裕ぶっこいて「あれもやりたい、これもやってみようか」と気が散って先に進まない。
自慢にならないが、夏休みの宿題の多くも8月31日に泣きながらやっていた。

時間がないなら「やっつけ」で適当に早く終わらせればいいのに、それができないのが短所であり長所。

夜遅くまで絵を描いて、それがナントカ展で入賞したりした。

当然、定期テストも一夜漬けだった。

社労士のときは、それまでの数ヶ月も頑張って取り組んでいた。
決して手は抜いていない。
しかし、あと2週間、あと1週間・・と本試験日が近づくたびにますます集中力が高まった。

同じ問題を4回も繰り返してやっていて、5回目でやっと「そうか!」と腑に落ちて、スキップしながらトイレ休憩に行ったのもこの頃。 

改正法の講座も「ただこう変わった」ではなく、「どういう理由で改正に至ったのか」を知ることに喜びを感じた。

また、生まれて初めて目にする労働経済白書や厚生労働白書も「こんなの毎年出てるの?」と思うと興味深かった。

そんなわけで、それまでより更にグッと睡眠時間が減ったが、不思議とツライとは思わなかった。
これが一生続くなら困るが、あとたった数日間。

とにかく、後悔しないために深く確実に・・・と密度の濃い時間を極めようとしていた。

社労士試験を受験する方に限らず、「もう時間がない、来年に」と資格試験を先延ばしにするのは非常にもったいない。

「あきらめない」という信念で、最後の1ヶ月や数週間、あるいは数日、
集中して取り組むことで、それまでの多くの勉強時間に匹敵するくらいの脅威の吸収力を発揮し得るからだ。

あっさりあきらめては、本当の自分の底力を自分も知らないままにしてしまう。

私はいつも、ファミレスの周りのお客の声など全く耳に入らず、ましてや店内にあるつけっぱなしの大型テレビ放送も存在さえ気づかないくらいだった。

しかし、ある夜の出来事。

時は2004年、夏のオリンピック

日本中はかつてないメダルラッシュに盛り上がっていた。

それどころではない私だったが、8月15日の北島康介の男子平泳ぎ100m金メダルには心底シビれた。
深夜のファミレスでまさにその瞬間を目の当たりにした。

いつもは、私だけでなく周りのお客さんもそれぞれの世界の中でまったく交わることがなかったが、そのときは違った。

たまたまそこに居合わせたお客や店員、全員が一心に北島を応援し、そして金メダルの喜びを互いに分かち合った。

北島の姿に励まされ、熱いエネルギーを分けてもらった気がした。
そのせいか、直前でも焦ることなく、自分を信じて最後の詰めに集中することができた。

その後、8月18日には北島が200mでも金メダルを獲得し、「努力は報われる」という確信のもと、本試験までの日々を過ごした。


(9) 社労士試験、当日

8月20日。とうとう本番の日がおとずれた。

「ここまでやって高速バスが事故ったり、遅れたりしたらどうする?」と家族から言われ、新幹線で行くことに決めた。

会場はCFP受験で通いなれた早稲田大学

試験会場に向かう私のいでたちは頭にタオル、上下ジャージの例のスタイル。
ずっとこの格好で勉強してきたのだから、当然本試験もこれで臨むと決めていた。

これまでの他の資格試験と同様に、試験当日に初めてピンク色のマーカーが登場する。

受験勉強を始めたときは、「過去問題集を10回繰り返す」つもりだったが、結局5回しかできなかった。

でも、精一杯取り組んできたこれまでの過程に悔いはなかった。
行きの新幹線の中、繰り返しやってきた愛着ある過去問題集を取り出し、初めて色を入れた。

少し早めに会場入りすると、他の受験生の緊張した面持ちに私まで緊張した。

「申し込んだけど受験しない」あきらめ組が多いせいか、教室内のまばらにある空席が気になった。

しかし、あまりギュウギュウだと疲れるだろうから受験する私としては余裕を作ってくれた欠席者に感謝しなければならない。

試験の前にトイレに行くと、洗面所で、長い髪の先をきれいにカールしたおしゃれな女性と一緒になった。

ジャージの私とは対照的に、彼女は涼しげなブラウスと流行のスカート、ヒールの靴。
今すぐデートでもいい感じ。

「社労士試験会場でファッションに気をつかえるとは・・・すごい!!」と妙に感心した。

開始時間が迫り、問題や解答用紙が配られ、試験官の説明が始まる。

同じ教室で「そこの人、帽子は取ってください」と注意され野球帽を脱いだ人がいた。

しかし、なぜか私には「そこの人、タオルは取ってください」と言わなかった。
タオルは私の頭とかなりの一体感を示していたらしい。

定番スタイルで受験したい私としては非常にありがたかった。

午前中の選択式の試験は、かなりいい手ごたえを感じた。
例の替え歌の一部が本試験にも役に立ったのである。

緊張の走る試験会場で、心の中で変な替え歌を歌う自分に思わず笑みがこぼれた。

午前中の出来が良かったと感じていたため、お昼はリラックスして、いつものように持参したおにぎりを食べた。
そして、「勉強の友」黒飴もなめて、脳にもご褒美をあげた。

しかし、これからが本当の本番。

選択式の試験は80分と短いが、午後の択一式は210分の長丁場。
緊張の糸を切らすことなく、長時間集中しなければならない。

午後の試験が始まった。

最初は集中して労基法、労災法・・・と進めていったが、
「あれ?これってどうだっけ?」という問題が出てくるたびに心が乱れていく。

後半に入り、厚生年金保険法、国民年金法になると疲れのせいもあり、ますます頭が混乱してきた。

年金法の関連は、私が唯一実務でもかかわった分野であり、得意科目のつもりだった。

それなのに、特に厚生年金保険法が難しく、考えれば考えるほどわからない。

障害年金に関するある問題では、何度解答を書き直したかわからない。

正答をひとつ選ばなくてならないのに「どれも正解のようで、どれも不正解のよう・・」鼓動が速くなり、完全に冷静さを失っていた。

「そうだ、トイレ休憩しよう」

そう思い立ち、トイレに向かい準備していた黒飴を口に放り込んだ。
210分の試験はさすがに疲れる。脳もへとへとだろう。

社労士試験は選択式も択一式も足切りがある。
どれかが良くても、極端に駄目な科目があれば、不合格。

「得意だと思ってた年金科目で足切りにあったりして・・・」不安がよぎった。

トイレから戻り、再び、難問の厚生年金保険法の問題に挑戦したが、やはりわからなかった。

しかし、少なくともトイレ休憩は気持ちの切り替えに役立った。

「こだわってても時間のムダ。他の問題を取りこぼさないように見直そう」
答えに自信が持てなくても、もう焦らなかった。

すべての試験が終わり、一斉に試験会場から出る人の列になった。

そのときの私はとにかくこの人ごみから逃れたい一心だった。

合格率が6~7%とすると、100人いて93、4人が不合格。

「この大勢のほとんどが不合格か・・・」と思うと、
早くこの場を立ち去らないと「不合格の波」に飲まれそうな気がした。

「解答速報です。」

駅までの道の途中、資格試験の受験校の人がビラを配っていた。
受けとらずに先を急いでいたが、一瞬、選択式の解答ページが目に入り、その中のひとつを受けとった。

健康保険法の選択式の解答を見ると、その部分は全問正解だった。

しかし、その先の答えを合わせる気にはなれず、すぐにビラを捨てた。
だって意味ないでしょ?

もう終わった試験の解答を見ても、直すこともできないし、合格ラインも足切りも毎年違うのだから、合否を確認することもできない。

「どうなんだ?」とイライラして合格発表を待つより、「選択式はまあまあ出来た」と気分良く過ごしたほうがいい。

何かから逃げるように帰り道を急いだ私だったが、新幹線の始発の東京駅に着くとようやく落ち着いた。

そしてホームに立つと、何とも言えない達成感に包まれた。

「とにかく終わった」ことが嬉しく、「あきらめずに最後までやった」ことが誇らしかった。
思わず、売店で350mlの缶ビールを買って、ホームの柱を背に座り込み、数ヶ月ぶりに「グビッ」と飲った。

まだ日は高く、暑い夏の日。

上下ジャージでの座り飲みは、ホームレスのようだったと思うが、その味はこれまで飲んだどのビールよりも格別に美味しかった。

・・・・続きを楽しみにお待ちください。

 

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