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堕落論と新・堕落論

2011年10月27日 (木) 21:39
 20代後半の頃、
坂口安吾の「堕落論」を読みました。

人が視線をそらすようなことに
独特の視点でズカズカ切り込む論調…でも、
読み進めずには居られない蜜のある文章。

読んだ当時、私も驚きましたが、
敗戦後、これを読んだ人々はどれほどの衝撃を受けたことでしょう。

石原慎太郎の「新・堕落論」を書店で目にしたとき、当時を思い出し、
両方購入して読んでみました。
(以下、いつも通り自分勝手な解釈です)
 

敗戦後、生き残った兵が闇屋となり、
戦地で夫を亡くした未亡人が新しい恋をし、
六十過ぎの軍人が切腹もせず法廷で裁かれることに、
人間が変わったのではないと安吾は言う。

世の中の上っ面が変わっただけで、
人間とは本来そういうもので、
人は生き、堕ちて、人らしく堕ちぬくことで
救われると説いた。

安吾の「堕落論」には
遠い未来に一筋の光を見ることができるが、
一方の石原慎太郎の「新・堕落論」では、
私たちはすでに堕ちぬいていて、
現在も未来も真っ暗闇である。

亡くなった実の親の弔いもせず
何十年もその年金を搾取、
幼い子供の物欲につけこんで
肉体をあさる大人たち、
新しい同棲相手に媚びて
連れ子をいびり殺す…

今の日本は平和毒にまみれ、
我欲のみを追究し、人間そのものが変わったと石原氏は言う。

 しかし、石原氏が挙げる「核保有」「若者の兵役」
「税制の抜本的改革」などの解決策も、
前述の人間の変化と関連があるのかないのかハッキリせず、
絵空事のよう。

国として堕ちつつある感覚をリアルにさせ、
より良い未来への手掛かりが一つも見当たらない嫌~な読後でした。

 

堕落論新・堕落論

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