4ケ月で社労士ー中盤  

(4) 幸子コーチ

独学のデメリットとして、

・勉強時間の確保や教材のクオリティ
・疑問点を聞く相手がいない・・
などいくつかあると思うが一番の問題はモチベーションの維持だと思う。

お金をかけたわけでもなく、ライバルがいるわけでもなく、生活がかかっているわけでもない・・・いつあきらめてもOK。
そんな状態で、やる気マンマンでいるのは難しい。
特に、試験日までの時間がなくなってくると、「やっぱり今年は無理。
来年挑戦しよう」なんてことになりがちだ。

そうはならなかった理由はいくつかあるが、ある人の存在が大きい。
このあと6月から8月の本試験までの試験勉強のことを書くにあたり、
どうしても大親友の幸子とのやりとりを挙げなければならない。

試験日が近づいてきて焦って仕方ない時や、夜中、勉強が行き詰まった時、眠くて集中できない時、彼女にこんな風に携帯でメールするのだ。

「試験まであと2ヶ月だ。だんだん時間がなくなってきたけど、絶対あきらめない」
「勉強できる環境に感謝している。絶対に最後まであきらめない」
時間帯によっては・・・いや、ほとんどすぐに返信がきた。
「お前なら大丈夫。きっと合格する」
「お前ならやり遂げられる。私は信じている。」

自分の弱気な気持ちをかき消すつもりで、今の気持ちと全く逆の前向きメールを書き、それを肯定してもらうことで、休まずどんどん前へ前へと進んでいった。

たいてい「あきらめない」がテーマだった。
何度、「あきらめない」と打ったかわからない。ということは、かなりの回数、あきらめそうになったという証拠である。
そして彼女は、何の根拠もないのにいつも完璧に肯定してくれた。

幸子は、幼なじみで山奥の小学校「おびろう小学校」の同級生。過疎地で子供が少なく、私たちの代で閉校となった小学校である。
教室は、ひとりの先生から2学年一緒に学ぶ複式学級だった。
2学年一緒といっても16人。全校でも64人。
かなりきめの細かい指導だったのではないだろうか?

2学年同時進行の授業もさることながら、あの時の授業のカリキュラムがどうなっていたのか未だに不思議に思うことがある。

たとえば、1時間目から6時間目まで、一日中学級会の日がたびたびあった。
学級会の議題は
「登下校時、雨の日に道路でたくさんのカエルが車に轢かれて死んでいる。どう思うか?どうすべきか?」とか、
「掃除の時間にふざけている人がいる。協力して掃除するにはどうしたらいいか?」
などといったもので、今から思うと「そんな議題でよく長時間議論できたなー」と思う。
それも、解決というかみんなが納得するまで熱い討論が繰り広げられるのである。

その時の担任、橘先生も熱かった。
問題となっていることに対して、
「これからはちゃんとする」とか「きちんとする」といったあいまいな発言はNG。
どのようにちゃんとするか、きちんとする具体的な方法は何か?といった提案が求められた。

その後、中学校に上がりそれぞれの出身小学校のカラーの話で盛り上がった。
「おびろう小学校出身者は学年に10人しかいないのにバラエティに富んでいる。学年トップの優秀な子がいたり(当然私ではありません)、応援団長になる元気者がいたり、普通学級で勉強するのが難しく特別学級に入る子もいる・・」 
橘先生はそうとう大変だったと思う。

そんな小学生時代をともに過ごしたせいか、進学高校もその後の進路も距離的には離れていたが、気の置けない関係が続いた。
現在も幸子は結婚して千葉県にいるためそう簡単に逢うことはできないが、心はいつも近い。
私はあまり友人が多いほうでない。・・・と、思う。
人と簡単に比べられるものではないが、「狭く、深い」方ではないかと思っている。

後になってコーチングを学んで確信したが、幸子はあのとき私にとって完璧なコーチだった。
こちらからメールしないと特に何もなく、私がくじけそうになり「あきらめないメール」を送ると即座に励ましの言葉が返ってくる・・・

彼女の存在がなければモチベーションをあのように高く保ち続けながら学習できたかどうか・・・おそらく無理だっただろう。本当に感謝している。

 
(5) 7月に入り

毎年七夕の時期は、竹林を持っている若井さんにお願いして笹を譲ってもらい、短冊などの飾り付けを親子で楽しんでいる。

受験の年、七夕の短冊に「社会保険労務士になれますように」と書いた記憶がある。

6月頭には義母にさえ言えなかったことを、七夕の時点で短冊に書いたということは、合格の可能性を感じていたのだろうか。
今となっては当時の気持ちが正確にはわからないが、この頃の私は学習が順調に進んでいると思っていたし、少なくとも受験勉強を楽しんでいた。

当初、週2日の図書館と子供が寝てからのファミレスが学習時間のすべて。
4時過ぎに幼稚園に長男を迎えに行き、夕飯作りや家族のだんらんなどはいつもと全く同じように過ごした。
残りの平日は、次男と散歩したりテレビを見たりして過ごしていた。
生後11ヶ月の次男はまだ歩くことはできないが、伝え歩きやハイハイであちこちぶつかったりケガしたりで一瞬も目を離すことができなかった。

とにかくお昼寝が嫌いだった次男に対して「早く寝てくれ~」といつも願っていた。
お昼寝の間に勉強しようとしたのではない。
自分もお昼寝したい一心だったのである。

また、子育て中の人にはお馴染みの、NHK教育テレビの「お母さんといっしょ」や「アンパンマン」といった子供番組をいつも楽しんで見ていた。

「お母さんと一緒」や「アンパンマン」は子供向けのため、悪人や暗い人は登場しない。お話や歌のテーマも
「やる気まんまん」とか、「夢を叶える」とか、
「元気いっぱい」とか、常に前向き。
そのときの私にはそんなフレーズが胸にビンビン響いてきて、すごく励まされた。

その中のひとつ、アンパンマンのマーチ。
♪何のために生まれて、何をして生きるのか?
答えられないなんて、そんなのはイヤだ!・・・♪

子供向けの番組なのに、哲学的な深~い歌詞ではないですか?やなせたかしさん!今でもこの歌詞は私を奮い立たせてくれます。

隙間時間には勉強しなかった私だが、これら沢山の元気歌のレパートリーは子供と一緒の時間に復習をしたり、記憶の定着を図るのに役に立った。
なぜなら・・・どうしても覚えられないときは、「替え歌」にして覚えたからである。

この文章を読んでいる人の中には、社会保険労務士の資格にチャレンジした経験を持つ人や今まさに取り組んでいる人もいるかもしれない。

そういう方なら共感してもらえると思うのだが、はっきり言って「社会保険労務士」の受験勉強は面白くない。
特に私のように実務経験がゼロに近い人は、学んでいることが実際のケースとして立体的にイメージできない。
そうなると無表情な机上の法律条文との格闘となり、それは拷問に近い。

最初は誰でも勢いがあるため、

労働基準法(以下労基法)は気合で頑張れる・・・そして労働安全衛生法(以下安衛法)をなんとかやり過ごし、
労働災害補償法(労災法)で頭が混乱してきて、雇用保険法のあとの徴収法で挫折・・・健康保険法、年金科目までたどり着かないというケースも多いのではないかと思う。

私も、労基法と労災法の適用範囲の違いなどでこんがらがってきて、徴収法のあまりのつまらなさにため息がでた。
初めて聞く言葉だらけで、保険料の一括とかメリット制とか全く何を勉強しているのかもわからなくなった。

そこで、もうグダグダ悩む時間が無駄だ、丸ごと覚えちゃえ!・・ということに。

「アンパンマンのマーチ」は3番まである徴収法の替え歌「徴収法のマーチ」になった。

例えば、こんな風。
♪何のための徴収法、保険の成立・消滅と、
納付の手続きと、労働保険事務組合!・・・♪

自分にとって馴染みが深く、楽しく歌える歌を替え歌にするのがコツ。
こんな調子で、覚えにくい数字や法律用語も、子供向けの歌や「ドラえもん」「おびろう小学校校歌」なども次々に替え歌に生まれ変わり、丸飲みして覚えていった。

数多く作った替え歌集が現存しないのが、残念でたまらない。(中越地震で廃棄)

静かな図書館で、ニヤニヤしながら替え歌を作っている私は、そうとう「アブナイ人」に見えただろう。

睡魔と闘いながらチャレンジを続けるうち、自然に回りも「頑張れ」と協力してくれるようになる。

7月に入るとダンナと義母が「土日、子供を見るから勉強してもいいよ」と言ってくれた。おかげで土日も図書館に行くことができるようになり、格段に学習時間が増えた。
ものすごく嬉しかった。

また、睡眠時間の少ない日々が続いているため、子供と一緒に寝てしまって、夜のファミレスにいく時間になっても目が覚めない。
すると、ダンナが「おい、行ってもいいぞ」と起こしてくれた。

「最近どうしたの?すごく協力的だよね」と聞くと、
「合格できるかどうかはともかく、お前は「努力する」という才能を持っている。
がんばれ。」と言ってくれた。

「才能」はないかもしれないけど、「努力するという才能」を持っている。
この言葉はずっと私の心に刻まれている。


(6) 問題集を繰り返す日々

いつものファミレスは遅い時間に行くため、客はまばらですいている。

毎日、お風呂に入って、子供たちが寝てから行くため、ノーメイク・・・いや、他人を恐怖に陥れてはマズイと思い、眉毛だけは描いていたな。
服装は上下ともジャージと決まっていた。
更に、髪が気にならないように、頭には大工の若い衆のようにタオルを巻いていた。

このスタイルは、試験日までずっと私の定番だった。

上下ジャージで頭にタオル・・で必死に勉強する姿は迫力があったらしい。
後から「ガストで見かけたけど、邪魔をすると悪いと思って声をかけなかった」という友人がいたが、
「声をかけられなかった」のが本当だろう。怖すぎて・・・。

幼稚園の送迎もそのスタイルだったため、「関根さんは一体どういうお仕事?」と先生方の間でも疑問だったらしい。
また、もともとおしゃれ好きな妹は、私の姿をみて「どうしたの?オンナ捨ててるじゃん!!」と嘆いた。
でも、そのときの私は他人の目も意見も全く気にならず、「合格」に向けて一直線だった。

ところで、ファミレスに毎日来るとはいえ、ドリンクバーにデザートだけの私は、どう考えてもいい客ではない。
そのため、時間を忘れて勉強してファミレスに迷惑をかけることのないよう・・小さな時計をテーブルに置いて勉強していた。

「少ししかやってないのに休憩する」ことがないように、時間をチェックする目的でもあった。
休憩時間やトイレに行くときは「まだ他の客がいるか?」も必ず確認した。

とにかく、最後の一人の客にならないように注意していた。

さすがに毎日行っていると、店員さんとも顔見知りになる。
毎日同じパターンの安い客でも、注文は取りに来てくれるし、デザートも運んでくれるからだ。

「何の勉強ですか?」と声をかけてくる店員もいた。
帰り際に、「明日使ってください」とレジで割引チケットをくれる店員もいた。

私みたいな人は都会では「お断り」なのに、なんて優しいのだろう・・・。
それも、このうえに割引したらますます「ダメ客」になるのでは?と心配になった。

ファミレスのご厚意にこたえようと、試験が終わったあと、休みの日に家族で利用したりした。
しかし、夜の店員と昼の店員は違うため、私の感謝の気持ちをアピールすることはできなかった。

一方、図書館では、当然ファミレスのようにコーヒーを飲みながら勉強などできないし、デザートも注文できない。

勉強中に喉が乾くことはほとんど無いが、時間がたつとどうにも脳が「甘いもの」を要求してくる。
やはり、甘いものを取ると集中力が持続できるような気がするのである。
効率に影響すると思い、こっそり飴やガムを持参することにした。
初めのころは、いろんな飴やガムなどを持ってきたが、最終的に「黒飴」に落ち着いた。
「黒飴」はやや粒が大きく、黒糖がいいのか、脳が「そうそう、これが欲しかった」と言うのである。

しばらくすると、黒飴はまさに私の「勉強の友」になった。

図書館でも、常連さんの顔を覚えるようになる。

私は常連さんの中でも、色白のきれいな顔立ちの女の子が気になった。

彼女は、本当に熱心に勉強していて、私にくらべ休憩時間が圧倒的に少ない。
また、私と同様にお昼に帰宅せず館内の隅で食事をとるパターンだった。

あるとき、いつもの長椅子で昼食のおにぎりを食べていると、近くに彼女が座ったので、思い切って声をかけてみた。

若く見えたその彼女は、実際は25歳くらい。
夢をあきらめきれず医学部受験のために勉強していると答えた。
私が子育て中で社労士に挑戦していることに驚いた様子だったが、それぞれ目標を持って勉強する者同士、細かい自己紹介などせず、効率のあがる勉強の仕方や勉強場所の確保などで会話は盛り上がった。

「私はまだまだ長丁場です。関根さんはもう少しですね!」といわれ、

「受験生に比べ、私のつらい期間は非常に短い・・」と改めて思い知らされ、だからこそ後悔しないように今できるだけのことをしなくては!と決意を新たにした。

その後、彼女とはお昼が一緒になれば話すし、そうでなければ会釈する程度。
それでも、彼女が図書館にいるだけでなんだか刺激になった。

一方的かもしれないが、私にとって初の「勉強仲間」だった。

勉強法は、FPのときと変わらず
「一冊の過去問題集をひたすら繰り返し解く」というもの。
基本書さえ必要な箇所しか見ない。

問題集の問題のところはきれいなままで、解答・解説のページに細かく書き込みをする。
スペースが足りなくなり、途中からはメモ用紙に書き込み、それを解答・解説のページに貼り付けた。

問題集の1回目は、チンプンカンプンだけど仕方ない。流して解く。

2回目は、基本書で調べながらじっくり解いていく。

3回目は、3回目なのに同じ間違いを犯す自分に驚きながら解く。

当然、間違ったところは重点的に調べ、何も見ないで書けるようになるまで何度も同じメモを書く。

場合によっては替え歌まで作る。

7月も終わりに近づき、問題集の4回目が終わろうとしていた。

春に衝動的に買った「うかるぞ社労士シリーズ」の基本書と過去問題集だけをやってきた私だったが、本試験のイメージをつかむためにも「模擬試験」は受けたほうがいいだろうと思っていた。

しかし、模擬試験は一番近い会場でも群馬の高崎。
時間もお金も余裕のない私は、取り寄せた「模擬試験」を在宅でやり自己採点することにした。

7月の終わりに取り組んだ「模擬試験」。
勉強に手ごたえを感じていたときだったのに・・結果はさんざんだった。
あまりにひどくて採点結果を正確に集計することさえ途中でやめてしまった。

あと、本試験まで20日あまりしかないのに、どうしよう・・・・絶望的な気持ちだった。

 

続きをお楽しみにお待ちください。

 

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